りくりゅうについてどうしても書きたい(ミラノ・コルティナ五輪)

2026年2月23日月曜日

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りくりゅうをご存知だろうか。


フィギュアスケート、ペア日本代表。

女性、三浦璃来。

男性、木原龍一。


いや、今まで知らなかった人たちも。

今回のミラノ・コルティナ五輪で日本中が知ったことだろう。


私も偉そうなことは言えない。


フィギュアスケート競技のシングル種目は熱心に観ていたものの、彼らが台頭してくるまでペアという種目にあまり興味がなかったから。


正直、彼らの演技をちゃんと観始めたのも、前回の北京五輪前くらいからだったと思う。


実際、2022年の北京五輪、彼らのパフォーマンスは素晴らしかった。

たまにブルーレイに保存した録画を観返したりもしている。


彼らの演技はただ素晴らしいだけでなく、琴線に触れるのだ。

自然と涙が出てくるのである。


ただ、成績で言えば、個人種目では7位。

団体では銀メダルに大貢献したが、やっぱり比重として重いはずの個人種目では不完全燃焼だったと思う。



あれから四年。

毎年開催される世界選手権で優勝と準優勝を重ね。


彼らは金メダル候補として五輪に帰ってきた。


そして本当にこのミラノ・コルティナ五輪で優勝してしまった。

しかも、あの劇的な展開で。


失意のショートからわずか一日で立て直し、フリーで世界歴代最高得点をマーク。


日本フィギュアスケートペア史上、五輪での初メダル。

それが金メダルとなった。


もう感動して感動して。。


毎日毎日何度も繰り返し演技を観ているが。

そのたびに泣けてしまうのである。



そこで。


どーしても、あー、どーしても。

NHKの五輪テーマソングじゃないけど。


どうしても、りくりゅうの素晴らしさを書いておきたい気持ちが抑えられなくなってしまった。


勢いだけの乱雑な文章になってしまったり、認識不足や間違いがあるかもしれないけど、溢れ出るこの想いを記事にしておこうと思う。


とりとめのない記事になってしまうことを先にお詫びします。


圧倒的スピード


りくりゅうの強みはたくさんある。

一つに絞るのは難しい。


しかし、第一に挙げられるべきはスピードだろう。


フィギュアスケートにおけるスピードは、基礎点が設定されているすべての要素のGOE(出来栄え点)や、演技構成点(PCS)に大きく影響する。


スピードと言っても、いくつかあって。


まず卓越したスケーティング技術から生みだされる桁違いの速さ。

スケートの一歩一歩が伸びるため、あっという間にトップスピードに乗れる。


PCSで評価を伸ばすために必要とされているものの一つに、プログラム全体でリンクを大きく広く使う(アイスカバレッジ)というのがある。


りくりゅうの場合、技の最中でもそうだし、技と技の間の繋ぎでもあっという間にリンクの端から端まで移動してしまう。



そしてトップスピードのまま炸裂する各要素。


例えばジャンプやリフトなど、通常は技に入る前に減速するが、りくりゅうはしない。

技から出るときもスピードを維持しているので流れがあり、演技が途切れず、プログラム全体のストーリー性も失われない。


また、回転の速さも重要。

スピンやデススパイラルでいくらレベル要件を満たしていても、回転が遅いと見栄えがしないし加点もつかない。



次に技が完成するまでのスピード。

これは主にペア特有のリフトについてなのだが。


木原が三浦を持ち上げ始めてから、最初のポジションでビシッと静止するまでがとても速い。


リフトにはもちろん双方のパワーが必要だが、互いのタイミングや息が合っていることも重要とされている。


ポジションに素早く入れるということは、レベルを取るための動きや時間に余裕を作ることができ、かつ消耗を抑えることができる。


要素の質


りくりゅうの強みとして二つ目に語りたいのは、各要素の質の高さ。


ペアの要素はざっくり分類すると、リフト、ジャンプ、スピン、ステップ、デススパイラル、コレオ。


各要素は難しい技術などを実施することでレベルが上がる。

彼らはもちろんそれらを満たしながら、更にGOEでの加点を大きく獲得する。


スピンなら、軸がぶれないとか。

スロージャンプなら、難しい入り方をしているとか。

ステップシークエンスなら、エッジが深く、ターンがスムーズで明確とか。


他にも、上で述べたスピード、二人の動きや滑りの同調性(シンクロ)だったり、エフォートレス(無駄な力が入っていない)などなど。


書き切れないが、乱暴に言ってしまうなら、その要素が正しく美しく、かつ難しいことを軽々と実施していると点数が高くなるということ。


スロージャンプでは、ジャンプ前に木原が三浦を一度持ち上げ、ターンしてから踏み切っているが、これは難しい入り方。

ジャンプそのものも難しい方の種類であり、軸や回転、着氷姿勢、そして着氷後の流れとすべてが完璧。


また、リフト中の木原を見ると、三浦を頭上に持ち上げたまま連続ターンをしながらも体や頭がまったく上下にブレない。


ものすごい高速で滑りながら、こんな質の高いことをやってしまうのだから、ジャッジはGOEで加点をたくさんつけざるを得ないのである。


観る者を幸せにする力


フィギュアスケートは、ときに表現力や芸術性が大事と言われる。


なんと曖昧な言葉だろうか。

私の解釈だと、これらは技術力に裏打ちされたものだと思う。


スケーティング自体の技術。

各要素の質の高さ。

プログラム全体の完成度。


ただ、それらを確実にこなしても、なんら心に響かない演技があることも事実。


ここで最後の強み。

これが最も語りたいこと。


それはフィギュアにおける対話。


音楽との対話。

氷との対話。

観客との対話。


観る者の心を動かすには、特に「観客との対話」が必要となる。

(前回の五輪は無観客だった)


もちろん演技中、選手と観客は直接会話などしない。


しかし、選手のスケートに対する愛情やその演技にかける情熱、そして彼らが人生においてスケートとどう向きあい、何を大切にしてきたのか。


選手の中のそういった想いが強ければ強いほど、それは不思議と彼らの表情や眼差し、一挙手一投足に溢れ、確実に観客に伝わり、胸を打つ。


そして、その観客の感動は、技が決まるごとに盛り上がりを増す拍手や声援だけではなく、ときに静寂としてさえ表現され、選手もまたそれを受け取る。


つまり選手と観客が呼応し続けることで、より大きな感動の渦が生まれるのである。


更にペアで言うなら。

演技中のパートナーとの対話である。


今回のりくりゅう。

ショートの大きなミスから、わずか一日。


フリーまでの時間、ずっと涙を流していた木原に三浦が寄り添い、たくさんの言葉をかけたという。


ペアを組んでからの七年間、ずっと引っ張り続けてきた木原。

その落ち込む木原を今回立ち直らせたのが三浦。


二人の積み重ねが、この大舞台で逆転したのである。

なんて素敵なストーリーだろう。


そんなドラマがあったことを、観る者が知ったのは演技後のインタビューだった。


でも知らなくたって。


フリーを滑る二人から互いを信じる力が迸っていたではないか。

互いが相手のために全力を尽くそうとする想いが、我々の魂を揺さぶったではないか。


だから我々はりくりゅうの演技に幸せを感じ。

だから我々はりくりゅうに恋をするのである。