大企業では最近、新卒社員の親を入社式に呼ぶという。
意味が分からない。
職場に親が来るなんて絶対にイヤ。
まあ入社式は厳密に言えば、実際の職場ではないだろうけど。
それでも仕事モードの自分を見られるなんて恥ずかしい。
親だけじゃなく、友人や知り合いにも働いている姿など見られたくない。
なぜこんなことを書くかというと、私が働いているところに叔父家族が来たことがあったらしいから。
母には来るなと言ってあったので、それが伝わっていたのか私に気付かれないうちに帰ったと、後になって聞かされた。
だったら永遠に黙っていればいいものを、なぜわざわざ本人の耳に入れるのかと思う。
まあ、ようやく働き出した私の仕事ぶりを確認したいという気持ちも分からなくはないけど。。
自主性
1994~95年 平成6~7年 21~22歳
さて、前にも書いたように仕事は暇なことが多かった。
ひきこもりから脱出して最初に就く仕事としてはうってつけ。
しかし、そう思えたのも最初のうちだけで。
しばらくすると、手持ち無沙汰感の方が強くなってきたのである。
そこで私は平日、客の少ない時間帯に率先して掃除やその他の業務を始めることにした。
大きなクレーンゲームなどの筐体に靴を脱いで上り、下からでは届かない天板の埃を取ったり、事務所内に雑然と保管されている景品の整理をしたり。
開店中にゲーム機に上って作業をおこなうのは、いま振り返ってみるとよくないことだったかもしれない。
それに、私が勝手に業務を探すことで他のアルバイトや社員も付き合わざるを得ず、本来ならやらなくていい作業に巻き込んでしまっていたというのもあっただろう。
だけど、そのときはそこまで考えが及ばなかったというか。
実際、咎められたり窘められたりはなかったし。
別に誰かによく見られたいとか、それによって評価が上がるかもしれないとか、そんな下心は微塵もなく。
人生で初めての就労で、人生で初めて芽生えた仕事に対する自主性。
つまり「仕事のやりがい」みたいなものに漠然と気付いたこと、私はただそれが嬉しかったのだと思う。
それが店長の信頼を徐々に獲得していくとも意図せずに。。
そうこうしているうち、アルバイト最古参の土屋さんが辞めた。
土屋さんは遅番ばかりやっていた。
だから残されたアルバイトでシフトを肩代わりしなくてはいけなくなったわけだが、もう一人のアルバイト草野さんは日勤が好きだったので、私の方がより多く遅番に入ることになった。
もしかすると、日勤の始業から遅番の終業までの通し勤務もあったかもしれない。
まったく記憶にないけど、アルバイトが一人減ったのだから、おそらくそうだったのだと思う。
そう考えると、私が入職する前もそういう状況だったのだろう。
私がアルバイト情報誌でこの職場の求人をチェックし始めてから、いや、きっとその何ヶ月も前からずっと。
遅番、つまり閉店時間まで働く日が多くなるということは、店長と一緒に業務を終える機会が増えるということ。
正社員は一日の精算業務を閉店後におこなうが、店長は休日以外は店にいるので、必然的にそうなる。
「〇〇くん(私の名前)、今日はチャリで出勤?」
ある日の閉店後、店長にそう聞かれた。
その日は朝から強い雨が降っていた。
バスで出勤したと答えると、店長は車で家まで送ってくれると言う。
「えっ・・いいですよ・・」
咄嗟に私の口から出たのは戸惑いの言葉だった。
なぜなら他人の車に乗ること自体、私にはほぼ経験のないこと。
それだけでも緊張するのに、何か失礼や失敗などがあってはいけない。
しかし店長は。
「なんでだよ。大丈夫だよ。着替えたら従業員通用口の外で待ってな」
私は結局押し切られる形となってしまった。
これを機に雨の日や冬の日、たまに店長は私を車で送ってくれるようになったのである。
裏の顔
時折、本社から部長が店に顔を出すことがあった。
年齢は30歳だったか。
身体は大柄で、本社では整備系の業務にあたることが多いのか、いつも上下紺色の作業着を着ていた。
あまりアルバイトと接することはなかったけど、顔を合わせれば朗らかに優しげに「お疲れさま」と言ってくれた。
だが、裏腹に店長は部長を怖がっていた。
他のスタッフから聞いた話では、どうやら部長は店の事務所の中で店長を殴りつけたりしているというのだ。
殴られるのは店長だけらしいが、そのこと自体はスタッフ全員が聞き及んでいるため、部長が店に現れると緊張が走るのだった。
今だったら大問題!
昔は・・・。
当たり前とまでは言わないけど、、、そういうのはあった。
学校でも教師が生徒を殴るとか、まあまあ普通だったし。。。
ちなみに、もともと店長と部長は同じ高校の先輩後輩の関係であり、別の会社でも上司部下だったそうだ。
今の会社には先に部長が転職し、店長を引き抜いたらしい。
そしてもう一つ部長に関して聞いた話。
それは社長の娘と婚約しているということ。
つまり部長は次期社長の座が確定しているということになる。
そうなると、まだその座に就いていなくても権力者然とした態度というか、そういったものは本人も周りも感じるもの。
店長と部長、彼らの過去にどんな関係があったのかは知らない。
一介のアルバイトが口を出すことでもない。
店長と部長は年齢が離れているので、同じ高校出身だとしても同時期に通っていたわけじゃないと思うが、OBが影響力を持っているような学校か部活だったのだろうか。
ただ少なくとも私が見聞きする二人には明確な主従関係があるようだったし、現場スタッフは部長によい印象は持っていなかった。
しかし、裏の顔を持っているのは部長だけではなかった。
店長はゲームコーナーの本業が終わったあと、週に何回かバーテンダーのアルバイトをしているというのだ。
意外なことに、店長が苦手なはずのあの本社の女性社員もたまに客として顔を出すらしい。
余談だけど、冬の時期だったか一度、彼女がバーに行く前にゲームコーナーに顔を出したことがあったが、真っ赤なコートに真っ赤な口紅のおめかしで現れたときは、普段の地味な事務員の姿からあまりにかけ離れていて度肝を抜かれた。
まあ裏の顔というほど悪いことじゃないのかもしれないけど、部長や本社には内緒にしているようだった。
話を聞いていると、昼間の仕事のストレスを夜の仕事で発散している感じか。
少人数の職場なので、働いているうちにこういう動向が分かってくる。
ちなみに私はバーに誘われたことはなかった。
さすがにそういう場所には合わないと思われていたのだろう。
自分でも思うけど、社会経験がなさすぎて精神的に幼く見えていたのだと思う。
実際、当時は酒は一滴も飲んでいなかったし、ひきこもりにとってバーなどいくら顔見知りがいても恐ろしすぎて、誘われたところで行くはずもなかったが。
そんなわけで、店長はいつも眠そうだった。
思い返せば、就労前に顔合わせをしたときもそうだった。
毎日ではないにしても、ダブルワークだとほとんど寝る時間がないだろうし、一方は酒を飲む仕事なのだから当然だ。
ときには、ゲームコーナーのすぐ隣にあるトイレの個室で寝ていることもあった。
探してもいないとき、閉まっているドアに「店長いますか?」と声をかけると、眠そうな声が返ってくることも多かった。
「いつもの場所にいるから、なんかあったら起こして」
いつしかそんな風に頼まれるようにもなったのである。
そして私はと言えば、そんな小さな頼まれごとでも、店長に言われれば嬉しく思うようになっていた。
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