ずっとブログをサボっている。
前の記事が2月なので半年。
しかも、その前記事というのは。
Xで告知していない、趣味の話。
更に遡ると。
その前は去年の7月。
第一次ひきこもり期のシリーズだ。
大河ドラマのようなシリーズを終えたので。
なが~い休憩に入っているわけだが。
さすがにちょっとサボりすぎなので。
ここらでまた、軽い記事でも放流しておこうかと。
夏ということで。
ヘチマに関わる思い出を書こうと思う。
罪
小学何年生のときかは覚えていないけど。
授業の一環として、ヘチマを育てることになった。
小学生のころだから。
もう45年くらい前。
過程は覚えていない。
春に種を撒いたのだろう。
私の家は、学校から徒歩一分。
そのため、たびたび。
成長具合を見に行っていたように思う。
どのクラスのヘチマも。
なかなか実が付かない。
そんな夏のある日。
休日だったのか。
すでに夏休みに入っていたのか。
人影はなく。
私は発見してしまったのである。
蔓に小さな実がなっているのを。
他のクラスの蔓に。
それは衝動的だった。
私はその赤ちゃんのような実をもいだ。
蔓の根元から。
自分たちのクラスより先に。
負けたと思ったのだ。
今もはっきりと覚えている。
昏い感情が心を支配したことを。
しかも、この話には続きがあって。
嘘
後日、担任の教師から問われた。
私のその悪行を見ていた者がいると。
「どうなんだ?」
私は。
「やっていません」
それ以上、先生は私を追求しなかった。
理由は分からない。
大きな問題にしたくなかったのか。
話をすることで、私の反省は促せたと思ったのか。
もちろん、私が実行したと確信はしただろう。
子どもの噓など。
問われて、顔色が変わったかもしれないし。
なにより名指しで告発されているのだから。
罰
最近は夏になるたび。
この記憶が蘇ってくる。
そして、そんな小さいころから。
劣等を認めたくない弱さだったり。
汚い手を使ってでも優位に立ちたい浅ましさ。
嘘で罪から逃れようとする下劣さ。
そもそも勝ち負けでもないのに。
私個人の所有物でもないのに。
もう取り返しのつかない過去が。
昏い感情が今も自分の一部であるという事実が。
焼きついて消えないのである。
もしこれが他の人から聞かされた話だったら。
「子どもだと、そういうこともあるよね」
その一言で、笑い飛ばせるのかもしれない。
だが、今この記事を書きながら。
私の目には涙が浮かぶのだ。
この話をブログに投稿すること。
きっと、それ自体で少しでも赦されたいのだろう。
赦したいのだろう。
軽い記事と前置きしたのに。
私にとっては、重い話だった。
卑怯なプライド。
それは、私のひきこもりの原因の一つなのだと思う。


0 件のコメント:
コメントを投稿