孤独。
祖父母の家に身を寄せていても。
職場で同僚と一緒に働いていても。
初めて誰かに恋をしても。
いや、決して実らぬ恋をしたからこそかもしれない。
私は孤独だった。
ゲイであることを隠し。
いつも人との間には壁を作り。
本当の自分を偽り。
誰かと通じ合うこともできず。
このまま死んでいるみたいに生きていくのか。
心の底から寂しかった。
ありのままの自分を理解してくれる人。
同性が好きなことを気兼ねなく話せる人。
ゲイとバレることにビクビクせずに。
友人でも恋人でも。
そんな人に出会いたかった。
結局のところ、私はひきこもりを脱出したつもりで、実際はそうではなかったのかもしれない。
単に就労することが、本当の意味でひきこもりを脱出することではないのだろう。
私の中に初めてある考えが浮かんだ。
東京
1994~95年 平成6~7年 21~22歳
東京。
東京に引っ越す。
東京には新宿二丁目というゲイの街がある。
自分たちがゲイであることを隠さずに集まれる場所。
地方都市にいても、それくらいは知っている。
だが遠く離れた地方都市から日本の首都へと居を移すのは、ひきこもりにとっては一大事だ。
しかも、そこに行ったからといって人生が好転する保証など何もない。
親や祖父母、親戚の元から逃げ出したいだけなのかもしれない。
ただ、今のままでは苦しいだけというのも事実。
もし東京に引っ越すとしたら、費用はどのくらいかかるだろう。
まず第一にアパートを借りなければならない。
家賃はどのくらいか?
きっと地方都市とは比べ物にならないほど高いはず。
当時、引っ越しの初期費用は家賃の6ヶ月分と言われていた。
敷金と礼金の相場がそれぞれ2ヶ月分。
更に不動産会社への仲介手数料と最初の家賃。
例えば家賃が8万円だとすると、初期費用48万・・。
内見するために一度上京しなければならないだろう。
その旅費と滞在費。
そして引っ越し業者への引っ越し代。
頭の中で札束が積み上がっていく。
そもそもどこに住めばいいのか?
東京は地元と違って、どこに行くにも電車を使うと聞く。
当然都心から離れれば家賃も安くなっていくはず。
でも東京の地理自体が分からないし、路線図もない。
地元の書店で東京の地図など売っているだろうか?
新宿二丁目しか足がかりがないのだから、やはり新宿を通る電車の沿線に住むのがいいか。
きっと向こうで買い揃えなければならないものもある。
それに当面の生活費。
一度アルバイトを経験したことで、次の就労に対するハードルは下がっているかもしれないけど、それでも余裕をもって焦らず仕事を探したい。
100万。
とりあえず100万円。
今のアルバイトで貯めよう。
それくらいあれば、なんとかなる。
いや、なんとかするのだ。
この八方塞がりの生活から這い出すには、なんとかするしかない。
そのときすでに、いくばくかの貯金はできていた。
祖父母宅での居候生活で、私は一円も払っていないのだから。
アルバイトでもらう給料はすべて私の懐に入る。
しかもほとんど遊んだりもしないので、そのまま貯金となっていく。
経済的な部分以外で、一人暮らしに対する不安はない。
小学5年から高校まで母と二人だけで暮らしていたが、途中から苦痛で仕方なかった。
一人で生活する方が気持ちは楽。
ただ、まだ人生で一度しか就労した経験がない。
それもアルバイト。
果たして東京という未知の土地で新しい仕事を見つけることができるのだろうか。
それに私が上京することを母に納得させる必要がある。
きっと母は私と離れたくないだろう。
その過保護が私をひきこもりに陥らせた原因だと気付いたのは、ずっと後になってからだったが。
クレーム
数ヶ月後のある日曜日、職場のゲームコーナーは混雑していた。
前にも書いたが、職場はショッピングセンター内のテナントのため、土日は家族連れがたくさん訪れる。
お父さんたちはパチンコ替わりのつもりなのか、メダルゲームで時間を潰すことが多い。
そんななか、私は40歳前後くらいの男性客に声をかけられた。
見れば彼の傍らにはメダルが満杯になったケースが5つほど積み上げられている。
男性客が言うには、その大量のメダルを次に買い物に来るときまで預かってほしいとのこと。
しかし、原則としてメダルを預かることはしていないため、そう伝えて謝罪すると、じゃあ景品と交換してくれと。
それもできないと言うと、男性客は怒りだしてしまった。
こんなに勝ったのにすべてが無駄になるのかと。
次回来たときは、また金を出してメダルを買わなきゃいけないのかと。
まあ、そう思うのも理解できる。
ただ、店のルールでは私が説明した通りなのだ。
実は以前にも同じようなことがあり、店長に対応を聞いたことがある。
しかし、マニュアル対応というものは得てして相手の怒りを招くもの。
男性客の怒りは収まるどころか、責任者を呼べと言い出す始末。
そこへタイミングよく店長が通りかかった。
事情を説明し速やかにその場を離脱・・すればよかった。
私はそうすることが客に対して無礼に当たるような気がして逡巡してしまった。
立ち去らない私に対し、店長は向こうに行っていろという手振りを示した。
あとから考えると、それは当然の判断。
私がその場にとどまってもメリットはない。
しかし、私は少なからずショックを受けた。
店長の手振りが、私を追い払うように感じたからである。
「〇〇くん、仕事に戻っていいよ」
などと、手振りだけでなく言葉もあれば違ったのだろう。
今こうして書いていても、当時の自分のことを世間知らずでナイーブな甘ちゃんだったと思う。
でも、好きな人、嫌われたくないと思っている人にそんな風に扱われたことは良い気分ではなかった。
店長は男性客を連れ、ゲームコーナーの片隅にある事務所に入っていった。
他の客の手前、そうするのが賢明だと思ったのだろう。
10分か15分くらい経ったころだったか。
事務所のドアが開き、男性客が出てきた。
続いて店長。
深々と頭を下げる。
男性客の手にはレジ袋。
男性客の姿が見えなくなるのを待ってから店長のところに行くと、彼の目は赤く、少し涙が滲んでいた。
そんなに責めたてられたのだろうか。
もしかして私の対応が悪かったからか。
店長に問うと、今回は例外でクレーンゲームの景品のぬいぐるみをいくつか男性客に渡して納得してもらった、私に非はないと言ってくれた。
言ってくれたが・・・。
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