今回も引き続き、私と共に生きた愛猫ブリーが亡くなった際の記事になります。死に至る表現や汚物の描写など、人によっては不快に感じる部分があるかもしれませんので、事前にご了承ください。
家族
30年近く前。
私が今のパートナーと知り合ったとき。
パートナーは三匹の猫と一緒に暮らしていた。
狭苦しいマンションの一室に三匹も。
その後、私は転職の合間に。
パートナーの近くの古いマンションに引っ越し。
頻繁にパートナーの家に行けるようになり。
嬉しかった。
私は子供のころから犬や猫と暮らしたかった。
小学生のころ。
子猫を二匹拾ってきたことがあった。
祖父の万年床の枕にうんちをしてしまい。
見つからないうちに片付けたものの。
子どもだから。
洗剤で拭いたわけでもないし。
ましてや洗濯をしたわけでもなく。
きっと臭いは残っていただろうし。
汚れも拭き取り切れていなかったかもしれない。
そして、その日のうちにだったか。
翌日だったか。
私が出かけている間に。
子猫たちはいなくなっていて。
「近所の人に飼ってもらうことになったから」
と祖母は言っていたけど。
いま考えるに。
本当にそうだったのかどうか。。
とにかく。
むかし叶わなかった夢が。
大人になって叶った。
その後、猫が一匹減り、犬が二匹増えた。
私が行くと、部屋がぎゅうぎゅう。
行かなくてもぎゅうぎゅうだったのだろうけど。
やがて私とパートナーは。
いま住んでいるマンションに引っ越し、同居することに。
もちろん犬猫たちを引き連れて大移動。
人間二人に犬猫たちがいても十分な広さで。
犬用のケージ。
猫用のケージ。
キャットタワー。
これまで延べにして。
七匹の犬猫たちと過ごした。
いまブリーが旅立ち。
残っているのは猫一匹。
どの犬猫も大好きだったけど。
私はこの最後の二匹に思い入れが強い。
私個人として。
我が家に迎え入れたときから最後の別れまで。
見届けることになるのがこの二匹だから。
そして、最後の二匹と書いたのは。
もうこれで終わりと決めているから。
私も50代半ば。
今から新しい家族を迎え入れると。
私の方が先にいなくなる可能性もある。
当然、順番から行くと。
そのときにはパートナーもいないだろう。
私がこの世を去るときに、まだ犬や猫がいたら。
託せる人がいない。
ペット信託なるものがあるけど。
自分の家族を他人に託すなんて絶対にイヤ。
みんなを見送って。
最後は私に独りになる。
孤独が待っていると考えると。
今から怖いけど。
最後の一匹まで見送らなければ。
私自身も安心して死ねないから。
出会い
ブリーとの出会いは鮮明に憶えている。
当時、それまで一緒に暮らしていた猫。
彼らを立て続けに喪い。
寂しくて悲しくて。
新しい猫を迎えようと。
探していたところ。
ブリーを見つけた。
某ペットショップのサイトで。
それはもう。
可愛くて可愛くて。
ただ、私は買うのに否定的だった。
値段が高かったから。
それでもパートナーは。
その猫に一目惚れしてしまい。
とりあえず、見てから考えようと。
猫がいる店はそう遠くもない。
私たちは実際にその店舗に行くことにした。
私とパートナーの休みが合う日に。
二人ともまだ仕事に就いていて。
当時はまだパートナーの病気が発覚する前で。
車を運転していた。
店に入ると、目当ての猫はすぐに分かった。
なぜなら。
「こっちだよ! 僕を連れて帰って!」
その猫はケージの中から私たちに向かって。
飛び跳ねていたから。
ニャーニャー鳴きながら。
いや、叫びに近かった。
ネットで見るだけでも愛くるしかったのだが。
実際に目の当たりにしたブリーは輝いていて。
まだ我が家に迎え入れたわけじゃないのに。
一緒の空間にいるだけで。
幸せな気持ちになるような。
絶対に他の人の手に渡すまい!
私とパートナーは。
近くのコンビニに車を飛ばし。
ATMで決して安くない額の金を下ろし。
無事、その日のうちにブリーを我が家へ。
ブリーはすくすく育ち。
わんぱくで。
高いところに上っては。
自力で降りられなくなりニャーニャー。
入っちゃいけないところに入ってニャーニャー。
私の顔を見るたび抱っこをせがんでニャーニャー。
抱っこしたら抱っこしたで。
私の顔をベロンベロン舐め。
モフモフの頭や腹を撫でてあげると。
気持ちよさそうに喉を鳴らし。
後に迎え入れたもう一匹の猫が近付けば。
シャー!とネコパンチを繰り出したり。
ジャンプに失敗して、ずり落ちたときなど。
「別に失敗してませんけど」みたいに平静を装ったり。
すべてが愛おしく。
すべてが心配で。
本当に我が子のようで。
一生かけて守らなければと。
特にパートナーが病気になってからは。
私しかいないという気持ちが強くなり。
長生きなどしたくない。
早く死にたい。
ずっとそう思ってきた私でさえ。
最後の一匹を看取るまでは。
自分は死ぬことはできないのだと。
そして、それを全うするためには。
家からの脱走など絶対にさせちゃダメだし。
東日本大震災で室内にいろいろ被害が出たが。
猫たちも、当時まだ生きていた犬も奇跡的に無傷で。
それ以降。
倒れる可能性のあるあらゆる家具は固定し。
入ったら危険な場所はロック。
きっと本当の我が子がいたら。
過保護な親になっていただろうと思うくらい。
ご飯だって高いものを買っていた。
水も浄水器を通したもの。
猫は腎臓を患って亡くなることが多いので。
食事には最初からずっと気を遣っていた。
人間よりも猫たちが最優先。
猫の幸せが、私の幸せ。
ひきこもりでろくでもない私の人生において。
かけがえのない家族。
私自身よりも大切。
そう思えた初めての存在だった。


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