ゲイの発端(その3)

2022年1月15日土曜日

ゲイ ひきこもり 体験談

中学生は思春期真っ只中で。


本格的な性の目覚めの時期であり。

同性が好きであることを自覚した時期であり。


ただでさえ、難しい年頃であるうえに。

そこに他の男の子とは根本的に異なるということが加わり。


ゲイの発端という意味では。

様々なことを思い、こじらせ、考えた時間だったわけだが。


小学5年のときから二人暮らしを始めた母は。

のちに再婚する男性と付き合い始め。


それと関連があったのかなかったのか。

私は母のことを疎ましく思うようになってきて。


たくさんの変化や自意識があったので。

殊更に性の部分だけを細かく覚えているわけではないのだが。


中学時代


1985~88年 昭和60~63年 12~15歳


中学一年のクラスメイトに中性的な男子生徒がいた。


体は小さく、白い肌は透けるよう。

左目の斜め下にホクロがあった。


彼はなぜか不良っぽい先輩グループに気に入られていて。

それを後ろ盾に、いつも我が物顔に振る舞っていた。



ある日、担任が授業でその男子生徒を指名した。

問いに対し、黒板にその答えを書くようにと。


彼は黒板まで行き、答えをスラスラと書いた。


どこにでもある授業の光景。

しかし、事件は起こった。


ヒャッ!


悲鳴が聞こえた。

男の声で。


下を向いていた私は、何事かと顔を上げる。


担任は両手で股間を押さえていて。

男子生徒はすました顔で、担任を見上げている。



担任の年のころは40代半ばあたりだったか。


朴訥とした真面目な感じの普通の中年男。

メガネをかけ、ヒゲの剃り跡が濃く、森本レオに似た声だった。


いつも落ち着いた感じの担任が。

聞いたことのないような素っ頓狂な声をあげたのである。


そして。


「やめなさい!」


しかし担任の一喝は力なく、不思議な揺らぎを伴って響いた。

顔はみるみる紅潮した。


それは怒りというよりもむしろ。

羞恥によるもののように思われた。



その瞬間、私は何が起きたかを悟った。

そして、さらに直感した。


男子生徒は好奇心からその行為に及んだのではない。

男の子がよくやるイタズラの類でもない。


性的な意図をもっておこなったのだ。


中性的な男子生徒が、中年の男性教師に。



いま思えば、あの男子生徒はゲイだったのかもしれない。

深く考えなかった。


男子生徒のことを快く思っていなかったからかもしれない。

そもそも気になるタイプではなかったからかもしれない。


どちらかというと、担任の方に関心があったのだが。



とにかく、その事件以降。

私は同性に惹かれる性的指向を明確に自覚したのである。


眉毛や髭が濃く、男っぽい教師。

体格のいい男子生徒。

テレビ中継される、鍛え抜かれたスポーツ選手。

工事現場で働く作業服姿の肉体労働者。


自然と彼らに目が行くようになっていた。


同世代の男の子が女性の胸や尻をみるのと同じように。

私は男性の体をそういう目で見た。


思春期でもあり。

自涜の妄想もそういった男たちだった。



一方で私はその指向がバレないように気をつけてもいた。

男が男に欲情すること。


それが普通ではないということは分かっていた。


だから、見て見ぬフリをした。

見たいけど、知られてはいけない。


普通の男子生徒が女子生徒を見るのとはワケが違う。

「お前、エロイなー」では済まないのである。


男が男を性の対象と見るなど。


絶対に周囲には内緒にしなければならない。

ましてや学校という狭い世界で。


気持ち悪がられるに決まっている。


もちろん家族にだってそうだ。

そこで私は、女性アイドルが好きなフリをした。


部屋にポスターを貼った。

テレビを見て、ラジオを聞いた。

クラスメイトと盛り上がった。


女を対象とした男のエロ話にも合わせて。


容姿、仕草、体、用語。

普通の男の子が惹かれるであろう女性を好きだと偽った。


不意にそんな話が出たときのために、前もって答えを用意した。



いつしか私は自分を偽ることが当たり前となっていた。


いつしか私は周囲の人との間にバリアーを張っていた。


投稿


当時買っていたアイドル雑誌がある。

小遣いがもったいないので、いつもではないが。


それは偽りの自分とは関係なく。

流行曲の歌詞の載った付録が目的だった。


子供のころから歌うことが好きだったのである。


その雑誌には読者からの投稿コーナーがあって。

思春期の子たちが抱える悩みなどが寄せられていた。


あるとき、そのうちの一つの投稿に目が留まった。


「僕は男なのに男が好きです。変でしょうか?」


特段衝撃を受けることもなく。

深く沁み入ることもなく。


私はその投稿を受け止めた。


気になったのは、それに対する回答である。

ところが予想に反し、それは短く素っ気ないものだった。


「思春期にはよくあります。そのうち治ります」



その当時の私は、同性愛というものがよく分かっておらず。


いずれ普通の男のように、女が好きになるものなのかと。


いや、そんなことがあるわけない。


まったく女に興味がないのに。


そもそも普通になりたいのかもどうかも分からず。


男でありながら男に惹かれることが汚らわしいとも思わず。


普通でないことだけが明らかで。


人に知られてはいけないことだけが明らかで。



ただ、「そのうち治る」という言葉だけが頭を巡るのだった。