ゲイの発端(その4)

2022年3月1日火曜日

ゲイ ひきこもり 体験談

この記事では、現代において「ゲイ」と表現される男性同性愛者のことを「ホモ」という言葉で表記している部分があります。私の記憶では、当時「ホモ」の方が一般的でしたので、そのまま表記することにします。ご了承ください。


高校時代


1988~91年 昭和63年~平成3年 15~18歳


中学卒業後。

市内で上から三番目の公立高校に入った。


かろうじて進学校と呼ばれる高校。


三年間、ずっと同じクラスだった林野(仮名)という友人がいた。


彼はサッカー部で。

私は帰宅部。


彼は若干不良寄りで。

私は真面目な優等生タイプ。


彼はいつも短ランにボンタンという出で立ち。

私はカラーを外す程度。


二人にはあまり接点がないように思えたが。

林野はよく私に話しかけてきた。


高校時代の私は、学業がアイデンティティとなっていて。

成績は良かった。


これは自慢でもなんでもなく。

地方都市の上から三番目の高校なのだから。


むしろ成績が良いことは、つまらないプライドを形成し。

ひきこもりの一つの大きな要因となったと思うが。


今回のテーマではないので、いずれまた別の記事で。



林野は数学が得意だった。

その部分で、彼は私に一目置いていたのだと思う。


不良寄りと言っても、一応進学校。

みんな遅刻もしないし、授業もちゃんと受けていた。



林野について覚えているのは、ある放課後。

いつもは授業が終わったら、すぐに帰宅の途につく私。


しかし、なぜかその日はウダウダしていて。

いつしか林野と教室で二人きりになっていた。


彼はサッカー部の準備のため。

上半身裸でウロウロしていた。


私は特に彼を恋愛対象として見ていたわけではない。

そもそもそのころの私は、自分のそうした感情に抑圧的だったのだ。


ところが男とは。

恋愛感情と劣情とは別物であり。


やはりサッカーで鍛えられた林野の体には目が行ってしまうのである。


もちろん林野からすれば、上半身裸でいることは大したことではない。


私だけが勝手にドギマギして。

私だけが勝手に挙動不審だった。


発達した胸。

隙間からはみ出す腋毛。


ホモとはバレてはいけない。

なのに、盗み見ることをやめることができないのであった。


はじめてのホモ雑誌


林野の逞しい半裸を見た翌日の土曜日。

行きつけの大型書店へと向かった。


目的は推理小説。


子供向けの乱歩、ドイル、ルブランから始まって。

中高生くらいからは、アガサ・クリスティばかり読んでいた。


国語の先生に一ヶ月に一度提出する読書感想ノート。

クリスティの感想ばかり書いて、注意された。


クリスティと言えば、ハヤカワ文庫。


赤い背表紙の文庫が80冊以上出ていて。

私は順不同で片っ端から読み漁っていた。


しかし、あまりに作品が多いが故に失敗したことがある。

あるとき、すでに持っている本を買ってしまったのだ。


タイトルもはっきり覚えている。

「NかMか」


私はそれを教訓に。

持っていない作品の通し番号をメモにして。

常に携行することにしたのである。


大型書店の海外小説コーナーで。

メモを片手に赤い背表紙を物色する。


ところがその日は、記載された通し番号の本が一冊も見当たらない。


仕方ないので、そのまま帰ろうと思ったとき。

ふと思いついた。

もう一軒、滅多に行かない書店が近くにあることを。


個人経営の書店。

自転車で5分ほど。


せっかくだから、そちらにも寄ってみることに。

あまり期待もせず。


小説コーナーは店の奥の方である。

そこへ向かう途中。

平積みされていた分厚い雑誌が目に留まった。


表紙にはふくよかな男の半裸のイラスト。


これは・・!


直感した。


そういったものが存在することすら知らなかったのに。

直感したのである。


恐る恐る表紙をめくると。


ほとんど全裸の男がいた。

挑発的な態度で。


身につけているものは、薄手の白いブリーフのみ。


眩暈がした。

比喩でも何でもなく、本当に、一瞬、クラクラしたのである。


以前の記事で書いたが、私はほとんど男の裸を見ずに育った。

ましてや、そういった露骨なものになど免疫がない。


私は慌てて本を閉じ、一旦その場を離れた。

こんな本を見ていることを、周りに悟られてはマズい。


小説コーナーで本を探すフリをする。


目は動いているが、タイトルは入ってこない。

頭は忙しく回転する。


あの挑発的なブリーフ男の先に、一体どんな世界が広がるのか・・。


見たい。

買いたい。

家に持って帰りたい。


店内をさりげなく見回す。

客は多くない。

レジの中年男性店員は下を向いて作業している。


再び雑誌に戻って値段を確認する。


買える。

手持ちの金で足りる。


だが待て。


会計で自分がホモだとバレてしまう。

そもそも高校生が買っていいものなのか?

母や学校に通報されたりするかも。


もしうまく手に入れることができて、家に持って帰れたとしても。

母に発見されるかもしれない。


どうしよう。

どうしよう。

どうしよう。


そのとき、私はとんでもないことに気付いた。


買おうと迷っていた雑誌の周りに。

他にもホモ雑誌と思われる本があるではないか。


それも二種類。

計三種類。


こんなに・・。

こんなにもホモの雑誌は出版されているのか。


どうしよう・・。


もうこれ以上、ここにとどまるわけにはいかない。

これらの雑誌の前にいるだけで、ホモとバレるかもしれない。


やはり買おう。

買うしかない。


最初に見つけた雑誌。

他の雑誌の中身を確認している時間はない。


上から二冊目をすばやく取り。

表紙を下にしてレジへ。


店員は何事もなかったようにレジを打ち。

金額を告げる。


何も聞かれない。

何も咎められない。


私は顔を上げることができないまま。

トレーへ言われた額を置く。


それだけだった。


男性店員は淡々と紙袋に雑誌を入れ。

私はそれを何ともない風に受け取った。


心臓は飛び出るのではないかと思うほどの早鐘を打っていたが。



こうして私は同性愛の扉を一つ開けた。


翌月からは、なけなしの小遣いを節約し。

複数の雑誌を買ったりもした。


ところが、その雑誌は読み終わるとすぐに捨てていた。

万が一にも、母に見つかってはいけない。


決して安い出費ではない。

それでも。

捨てることになると分かっていても買いたい。


若い性欲とはそういうものなのだろう。