ひきこもり脱出(その2)

2022年5月31日火曜日

ひきこもり ひきこもり脱出 体験談

1993~94年 平成5~6年 20~21歳


大学を中退し、生まれ育った町に戻った私。


当初はマンションで一人暮らしを始めたものの。

いろいろと思うところがあり。


幼少のころ暮らした祖父母の家へと戻ることとなった。






一戸建ての二階の部屋。


私が6歳くらいのときに結婚した叔父が、それまで暮らし。

そしてそのあと、私が小学5年の途中まで過ごした場所。


およそ10年もの間、誰も使っていない四畳半には。

古いベッドと洋服タンスがあるだけ。


階段を挟んで反対側には。

かつて母が寝起きしていた和室。


片隅に足踏み式のミシン。


ペダルを踏んでみると。

古びたベルトを介して各部位が回り、動き始めた。


空回りする、糸も針もないミシン。


幼少のころ、母と並んで寝たことを思い出す。

コンテナを運ぶ列車がレールに刻む音を遠くに数えながら。


ときには、母の布団に潜り込んだり。


もう二度と戻らない。


物語なんかでよく。

そこだけ時間が止まったような、という陳腐な表現があるが。


二つの部屋はまさしくそんな感じだった。



もちろん祖父母に歓迎されているはずはなかっただろう。

いい大人の男が大学を辞め、無職のまま戻ってきたのだから。


ところが私は私で。

住まわせてもらう身分でありながら。


特段感謝の気持ちもなく。

かと言って、居候の権利が当然と思っているわけでもなく。


死ぬこともできず。

生きることもできず。


ただ精神の安定とは程遠い状況において。

できる限り努力をせず、それに近付けた場所としてそこにいて。


どうしていくべきなのか分からず。

いつまでその状態が続くか見当もつかず。


住居という背景が変わっただけのコピー&ペーストの日々。

それが果てしなく思えるのだった。


風呂問題


マンション生活から変わったことと言えば。


母の金を無駄に消費しているという罪悪感が軽減され。

隣人の騒音にも悩まされなくなった。


そうでなくては困る。

それを第一の目的に引っ越したのだから。


当然のことながら、金に関しては。

母から祖父母にいくらか渡ってはいただろうが。


それでも、それは私には知らされずに行われることであり。

知らなければ、良心の呵責が少なくて済むことも必然であり。


虫がいいと思われてもしょうがないが。



その他で言うと。


風呂に自由に入れなくなった。


言うまでもないが、私専用の風呂などない。

そして祖父母は毎日入浴する習慣がない。


私は幼いころ近くの銭湯に母と通っていたこともあり。

風呂は大好き。


とは言え、子供のころは。

3日に一度程度しか入浴しておらず。


なぜなら、祖父母も母もそのくらいの頻度だったから。


当時の祖父母の家の風呂が今とは違い。


浴槽の隣に設置された風呂釜に火をつけて。

水を循環させて湯を沸かす仕組み。


うろ覚えだけど、風呂釜には煙突がついていた記憶。


そんな仰々しい仕様だからして。

毎日風呂に入ろうという気持ちにならなかったのか。


大して汗をかくような仕事をしていなかったからか。

それとも、単にそういう時代だったからか。



結局そのサイクルが身についていた私は。

高校を卒業するまで同じ頻度で。


ただ、思春期の時期は。

寝癖を整えるためだけに、毎朝頭だけは洗っていた。


毎日入浴するようになったのは。

祖父母の家に引っ越す前のマンション暮らしからである。


その前の大学町のアパートは、バスとトイレが一緒だったため。

気分的に寛げず。


マンションではバスとトイレが別。

風呂に入りたくなるのである。


ひきこもりには、なかなか風呂に入れない人もいるらしいが。


もしかしたら、時代背景も関係しているのかもしれない。


私の最初のひきこもりのときは、インターネットがなく。

やることと言ったら、テレビかゲームか読書。


一人暮らしのうえ、時間を持て余していたことも。

毎日入浴する理由だったのかもしれない。


とにかく、居候となった私は。

祖父母の入浴サイクルに合わせることにして。


だけどせめてもと、洗面台で頭だけは毎朝洗っていた。

思春期と同じように。


昼夜順転


しかし最も大きな変化は、昼夜逆転が解消されたことだろう。


祖母が朝6時前後に起床するのに合わせ、私も階下に降り。

インスタントコーヒーを飲むのが習慣になった。


夜も11~0時くらいの間に寝るようになっていた。


今この記事を書きながら思い出しているが。

よく考えたら。


これは私がひきこもりを脱出する足掛かりとして。

とても重要なことだったのかもしれない。


ひきこもりの人は昼夜逆転することが多いという。


私も大学に行かなくなったのは。

朝起きたら昼近くだった日に。

自分のなかで、何かの糸がプツンと切れたからだった。


それを境に、昼夜逆転の生活が始まったのである。


大学町のアパートから。

生まれ育った町のマンションに引っ越したあともずっと。


そして、私は自分の中で。

『昼夜逆転を解消しなければ、社会復帰はできない』


いつしかそんな言い訳を作っていた。


実際は。


社会に出たくない、出る勇気がないだけだったのに。



だから朝起きて夜寝るという生活は。

自分を擁護するための言い訳が一つなくなった状態だった。


なぜ私は祖父母の生活サイクルに合わせたのだろうか。


家族と同居しているひきこもりの人たちにも。

昼夜逆転している人はたくさんいるはずなのに。